広島高等裁判所松江支部 昭和26年(ネ)75号 判決
控訴人等代理人は原判決を取消す。鳥取地方裁判所米子支部昭和二十四年(ノ)第六号建物所有権確認及其分割並所有名義変更手続及其明渡調停事件の執行力ある調停調書正本に基いてなす強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は控訴人等代理人において、要素の錯誤の主張について、被控訴人は控訴人に対し建物所有権確認引渡等の訴訟を提起して来たが控訴人は所有権の所在を争うことなく、第一回の口頭弁論期日前に調停の申立をした結果本件の調停が成立したのである。従つて、調停に際しては係争建物の所有権は当然被控訴人にあるものとして登記簿上は木造瓦葺平屋建一棟建坪十三坪五合六勺となつているが、実際は控訴人角禎二先代が増改築して四十六坪の建物としたため殆んど原形を止めていない係争建物に対し金七万円を支払い更に訴訟や調停の目的物でない敷地四十八坪に対する換地四十八坪を被控訴人に提供する調停が成立したのである。即ち調停そのものに錯誤はないが、その前提となる所有権の帰属について錯誤があつたのであると補述し、更に詐欺の主張について、被控訴人は控訴人角禎二先代弘道から本件調停の目的物家屋の代償として被控訴人の現住宅及びその敷地の提供を受けながら、取引の相手方である弘道が死亡するや登記簿上自己名義のまま建物が残存しているのを知つて、当時の事情を知らない控訴人等を欺き調停を成立させたものである。もし控訴人等が当時の事情を知つていたならば、かような調停に応ずる道理はないから、本件調停は詐欺による行為であることは明らかであると附加し、なお、本件調停条項中控訴人等が給付を約した部分は執行力があるが被控訴人が給付を約した部分はその文言上これに基いては執行ができない。即ち本件調停は偏頗な調停であると述べ、被控訴代理人において、本件調停は要素に錯誤のある無効のものであるとの控訴人等の主張は要するに控訴人等は本件調停の争の目的物たる家屋並に宅地は被控訴人の所有であると誤信して本件調停に応じたが実は控訴人角の先代以来の所有であり、法律行為の要素に錯誤があるというのである。しかし民法第六百九十六条は民事特別調停にも適用があるから、調停の目的である権利に関する錯誤の場合はいわゆる創設的効力を生じ一般錯誤に関する民法第九十五条の適用がない。従つて、控訴人等の主張はそれ自体理由がないと述べた外いづれも原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
本件当事者間の鳥取地方裁判所米子支部昭和二十四年(ノ)第六号建物所有権確認等調停事件において昭和二十四年十一月二日本件当事者間に(一)申立人両名(控訴人両名)は連帯して相手方(被控訴人)に対し金七万円を支払うべきことを約し其の履行は昭和二十四年十一月末日及同年十二月末日限り各一万円宛、昭和二十五年一月末より同年十月末迄毎月末日限り各五千円宛を相手方宅に持参支払うこと。(二)申立人等は一回たりとも右支払を怠つたときは、残額につき期限の利益を失い相手方は何等の催告を要せず直ちに残額につき強制執行をなすことが出来る。(三)申立人角禎二は其所有に係る現住家屋の屋敷の東南の角から県道に沿つて北に巾四、八間西に奥行十間とする四十八坪の土地内に相手方が建物を建築することを容認し、右土地を同人に速に移転登記をなすこと。(四)申立人が第一項の金員の完済があつたときは相手方は本件申立の西伯郡余子村大字竹内三百九十七番の三家屋番号同所二百五十二番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪四十六坪の内十三坪五合六勺並に西伯郡余子村花園三千百二番十五坪同三千百四番十八坪同三千百三番十五坪につき申立人角禎二が所有権移転登記をなす事に協力すること。(五)調停費用は各自弁のこと。という調停が成立し、その旨の調書が作成されたことは当事者間に争いがない。
控訴人は本件調停の当時本件係争建物である前記建坪十三坪五合六勺の部分は被控訴人の所有に属しておると考えたので対価を支払うことを約したのであるが、実は本件係争の建物は控訴人角禎二先代弘道が被控訴人のために同村大字竹内八百九十五番地の現に被控訴人が居住している家屋を新築して遺り、その代りに被控訴人より譲渡を受けたものであつて、角弘道の死亡によりその家督を相続した控訴人角禎二においてその所有権を承継したのであるから、本件調停は要素に錯誤のある無効のものである。しかも、右の錯誤は本件調停において解決された争の目的に関するものではなく本件調停の前提として予定せられていた所有権の帰属の点に関する錯誤であると主張し、これに対し被控訴人は民法第六百九十六条は民事特別調停にも適用があるから調停の目的である権利に関する錯誤の場合は、いわゆる創設的効力を生じ一般錯誤に関する民法第九十五条の適用がない。従つて、控訴人等の主張はそれ自体理由がないと抗争するから、この点について判断する。民法第六百九十六条の規定は当事者が和解によつて解決することを約した争の目的たる事項について錯誤のあつた場合に限り適用があるに止まり、かかる争の目的たらざる事項で和解の要素をなすものについて錯誤があつた場合には適用がなく、この場合には総則たる民法第九十五条を適用すべきものである。従つて、問題は本件調停の性質は民法上の和解であるか否か、もし本件調停が民法上の和解であるとすれば本件係争建物の所有権の帰属は和解の要素をなすものであるか否か、もし和解の要素をなすものとすれば本件係争の建物が被控訴人の所有に属していたか否かの点についても争があり、本件調停においてこれを肯定することに合意したのであるか、それともこの点について当事者双方ともこれを当然のこととして肯定し、それを前提として本件調停が成立したものであるかである。冐頭認定の事実及成立に争いのない乙第三号証、原審証人富谷栄の証言、原審における控訴人等及被控訴人各本人の供述を綜合すれば控訴人角禎二は被控訴人の甥であり控訴人永見広とは義兄弟の間柄であるところ、被控訴人が本件係争建物の所有権を主張して控訴人両名を被告として鳥取地方裁判所米子支部に本件係争建物の所有権確認と明渡等を求める訴訟(同庁昭和二十四年(ワ)第五七号事件)を提起してきたので、控訴人等は本件係争の建物は控訴人角禎二の所有ではあるが、被控訴人と親族の関係にあつて訴訟係争を好まないので調停によつて円満解決を図りたいとの理由で被控訴人がその所有権を主張する本件係争建物は控訴人角禎二の所有に属するものなることの調停を求めるため、民事特別法による調停の申立を同裁判所にしたこと、そこで、同裁判所は調停委員会を開いて調停を試みたところ、控訴人等は本件係争建物は控訴人角禎二の所有に属することを、被控訴人は右建物は自己の所有に属することをそれぞれ主張し争つたが、結局双方互に譲歩して冒頭認定の調停条項で妥協し、調停が成立したことを認めることができ、右の認定を覆えすに足る証拠はない。されば本件調停は民法にいわゆる和解に該当するものというべきである。更に以上認定の如き調停成立のいきさつに鑑みれば、本件係争建物の所有権の帰属の点は本件調停について法律行為の要素をなすものであると解するを相当とすべく、また、本件調停においては本件係争建物が被控訴人の所有に属するか否かの問題についても争があり、これを肯定することに合意したもので、換言すればこの問題は本件調停の前提として予定せられていた事項ではなくて本件調停によつて解決することを約した争の目的たる事項であつたと認めるを相当とすべく、従て冐頭認定の調停条項(四)は被控訴人が控訴人角禎二のため本件係争建物の所有権移転登記に協力する時期、条件を定めたに止まらないで、本件係争建物の所有権は被控訴人に属することを本件当事者間において確定し、控訴人等より調停条項(一)の金員の支払があつたとき被控訴人よりその所有権を控訴人角禎二に移転することを定めた趣旨をも含んでいるものと解すべきである。
果してそうだとすれば仮に控訴人等の主張するが如く本件係争建物の所有権の帰属について錯誤があつたとしても民法第六百九十六条の適用により右の錯誤は本件調停の効力に何等の影響を及ぼさないというべきである。
次に控訴人等は被控訴人は控訴人角禎二先代弘道から本件調停の目的物たる土地家屋の代償として被控訴人の現住宅及その敷地の提供を受けながら、取引の相手方である弘道が死亡するや登記簿上自己名義のまま建物が残存しているのを知つて当時の事情を知らない控訴人等を欺き、調停を成立させたものである。控訴人等が当時の事情を知つていたならばかかる調停に応ずる道理はないから本件調停は詐欺による行為であると主張するけれども、控訴人等の提出援用にかかる全証拠によるもこれを認めるに足らないから、右詐欺の主張もその理由がない。
以上説明のとおり、控訴人等の本訴請求はその理由がないからこれを棄却すべく、右と同趣旨に出でた原判決は相当である。よつて、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 平井林 久利馨 藤間忠顕)